スペイン優勝の理由
「スペインがなぜ優勝できたのかという疑問についてやな」
「とりあえず様々な理由を検証してみたいと思う」
「よかろう」
「まず”スペインは上手いテクニックのある選手を揃えて、良いサッカーをしたのが良かった”というような説明がある」
「しかしそれはドイツワールドカップでもそうで、例えばフランス戦の先発は下のようになっていた」
(※リンク切れ)
「懐かしいな」
「今回の選手としての違いはパブロ、ペルニア、ラウール、セナで中盤より前の選手ではラウールとセナしか違わない」
「そうやな」
「上手い選手を揃えたのが良かったというなら、なぜ前回は駄目で今回は良かったのかを明らかにしないといけない」
「ふむ」
「例えばラウールをイニエスタに代えたから優勝できた、というならその理由も知りたい」
「まあシステムが違うというのはある」
「でもそれは理由にならんやろ」
「まあな」
「スペインはドイツワールドカップの予選の間1-4-2-3-1や1-4-4-2系で戦っていて、それで上手くいかずに1-4-3-3系に変えたという経緯がある」
「それにユーロ予選でも1-4-4-2系で上手くいかなかった」
(※リンク切れ)
「スウェーデン戦(※リンク切れ)やアイスランド戦(※リンク切れ)がそうやな」
「ドイツの1-4-3-3から今回の1-4-4-2に変えて上手くいったというなら、なぜ予選の段階で上手くいかなかったのか、さらにはそれ以前から上手くいかなかったのはなぜかを明らかにしないといけない」
「そうかね」
「そりゃそうやで」
「じゃあ、個々の選手が成長したというのはどうだ」
「トーレスやセスクがイングランドで成長して、イニエスタも円熟して云々という感じか」
「あかんな」
「予選が終わったのが半年前で、そこでは嫌になるほど苦労したし、一時は出場不能じゃないかとまで言われていた。はたして人間というのは、半年でそこまで成長するのか疑問が残る」
「それにそのような成長が可能だとするなら、どこがどう変わったかを教えてもらわないと、納得するのは難しいかもしれんな」
「トーレスのボディバランスが、一年前より良くなったのは確かやけどな」
「それでもって、ユーロ優勝の理由にするのはちと無理やろ」
「1人の人間の変化でチームを優勝させてしまうのは、難しいかもわからん」
「当たり前や」
「それなら一戦ごとにチームが成長したというのはどうだ」
「それを言うならドイツもロシアもユーロ開始よりも良くなっているから、スペインのチームとしての成長度が他のチームを超えていたことを示さないと意味がない」
「ユーロやワールドカップのチームが、一戦ごとに良くなるのは当たり前やからな」
「まあな」
「そういえばアラゴネスの時間が残っているのに3枚使い切る、強気かつ早めの交代が良かったとする説もあるが」
「それも眉唾か妄言やな」
「実はアラゴネスというのは、早め早めに交代を行う傾向がある」
「例えば、ドイツのチュニジア戦(※リンク切れ)もそうやな」
「56分で3人の交代が終わっている」
「つまり残り34分は怪我人が出ないのを祈るのみ、ということになる」
「ユーロ予選のスウェーデン戦(※リンク切れ)でも59分で3人代えている」
「それにアラゴネスが交代を行うと、どんどん攻撃的な選手が増える」
「強気かつ早めの交代というのは彼の癖のようなもので、このユーロに限ったことではない」
「まあそうなる」
「要するに上に出てきた理由は一瞬もっともらしく聞こえるけど、これまでもアラゴネスのスペインが持っていた特徴を、焼き直しているに過ぎない」
「つまりもしそれで優勝できたとするなら、なぜこれまでが駄目だったかという疑問が残るわけやな」
「となるとこの大会で、今までと変化した点を考えざるをえない」
「そりゃ当然やな」
「まあな」
「というか最初っから違いを考えろという話やな」
「思い起こせば最初のロシア戦で奇妙な動きがあった」
「この先発から」
「先制した後、下のように引いた」
「これまでは1点取ったからといって、自陣に引くようなことをしたことがなかった」
「アラゴネスは切り合うのが好きやからな」
「切り合うのが好きというか、自分から試合を動かして行くのが好きというか」
「例えばドイツワールドカップでは、緒戦のウクライナ戦がこう」
(※リンク切れ)
「中盤の右にいるセナに注目していただきたい」
「第二戦のチュニジアがこう」
(※リンク切れ)
「やはりセナがいる」
「第三戦は控えを中心としたメンバーだったので除外するとして」
「トーナメント緒戦のフランス戦はこう」
(※リンク切れ)
「セナが消える」
「別に怪我をしたというわけではなく、この試合、途中から出場する」
「驚くべき攻撃精神というか何というか」
「普通、逆やな」
「より強い相手に守備を重視してセナを入れる、というならわかるがその逆」
「相手を崩し難いと見るや、より上手い選手を入れて無理にでも崩そうとする」
「これこそがアラゴネスで、自ら主導権を握って試合を動かそうと試みる」
「ドイツではそれが大失敗に終わったわけやな」
「フランス相手に後半、一本のシュートも打てずに敗れた」
「その彼がロシア戦で引いたというは、ある意味事件やったわけやな」
「守備を固めて相手の崩れを待つ、以前と比較すれば明らかに我慢強い作戦を採用した」
「我慢といえば、その後のスウェーデン戦とイタリア戦でも我慢をしている」
「そうかね」
「両方の試合でイニエスタとシャビを外し、セスクとカソルラを入れている」
「そうやな」
「そこに我慢が見える」
「いや、ごく普通の交代やろ」
「これまでのアラゴネスの普通というのは、セナを外してシャビ・アロンソを入れる式の交代であって、いわゆる常識的な交代というのは彼の普通ではない」
「そうきたか」
「スウェーデン戦、イタリア戦では無理に自分から試合を動かしに行かなかった」
「当たり前といえば当たり前やけどな」
「そんな当たり前でもないで」
「そうか?」
「監督というのは自分のサッカー感があって、それは中々変えられないし、特にそれで勝ってきた実績のある監督というのは変えない」
「カペッロが、極限まで中盤に穴を空けるのを嫌うようなもんか」
「アラゴネスはチームが上手くいかないと、上で見たようにショック療法のような交代を繰り出して、選手を鼓舞することが得意であるにもかかわらず、今回は普通の交代に徹した。これは自分の本能を抑えた結果やと思わんかね」
「どうやろな」
「今回のスペイン代表のキーワードはこの我慢ということで、それにより相手の乱れを上手く利用することができた」
「そうかね」
「最初のロシア戦では一度引くことで、相手のパスミスを上手く突いてカウンターから追加点を重ねた」
「あれはロシアのミスを見越した作戦やったんやろな」
「次のスウェーデン戦は苦労した」
「15分にショートコーナーから先制したのはいいが、その後は手も足も出なくなった」
「イブラヒモビッチへのロングボールが効いて中盤が後ろに走らさせる。スペインの最も苦手とする展開になり34分、そのイブラヒモビッチのゴールで追いつかれる」
「これは、いかんと思っていた後半開始」
「ピッチにイブラヒモビッチの姿はなかった」
「怪我で交代」
「非常な幸運だった」
「後半は、ほぼ一方的に攻めたが点は入らず」
「ロスタイムのビジャのゴールで勝利する」
「次のギリシャ戦はスペインの1位、ギリシャの4位が決まっていたため控えメンバーが主に出場」
「それにも勝ってトーナメント緒戦でイタリアと相対する」
「戦術的にスペインは勝ちにくい試合だった」
「しかしイタリアは監督がチームの掌握に失敗していた」
「ドナドニか」
「イタリア戦の文章について”あまり面白くないが、つまらない試合だったので手を抜いているのではないか?”という指摘をいただいたのだが、手を抜いたわけではない」
「ほんまかいな」
「あの試合でイタリア最大の敗因は何かと問われたら、監督が選手の信頼を得られなかったことで、技術や戦術以前の問題になる」
「信頼を得られていないというのが本当ならの話やな」
「2010年までの予定だったドナドニを切ったというのは、一つの傍証やと思うで」
「ともあれ延長120分を0-0で耐え抜き、PKでのカシージャスのセーブもあり準決勝へ」
「そこで再びロシアと対戦」
「ロシアは中盤の守備がひどい以前の問題だった」
「オランダ戦で燃え尽きていたとしか言いようがない」
「そして決勝はドイツ」
「これは相性の良い相手だった」
「おまけにドイツの攻撃の種になるラームが前半で負傷交代」
「ドイツの攻撃の導線は左に一本あるだけで、その根元が切れてしまった」
「おかげで後半は、より楽に守ることができた」
「イブラヒモビッチといい、ラームといい、実にクリティカルな選手が負傷した」
「非常なツキといっていい」
「それに対してスペイン選手の負傷はビジャのみ」
「大会前、期間中のコンディショニングが上手くいったというのは言える」
「以上をまとめるとスペインの勝因は次のようになる」
「まず選手が上手かった」
「これはスペインが営々と培ってきたサッカー嗜好に負う所が大きい」
「そして監督が我慢をした」
「無理に動いて相手を崩しすのではなく、自分たちが崩れないことを主眼にした作戦を採用し、選手交代もその方針に従った」
「これによりチームが安定した」
「安定したことにより相手の乱れを利用しやすくなった」
「スペインと対戦したチームは、選手の怪我や内部事情で乱れを見せることが多かった」
「それを活用して勝っていった」
「特に怪我については運の要素が強い」
「それも怪我をした選手、イブラヒモビッチとラームが相手の攻撃の要であった点は幸運だった」
「つまりテクニック、我慢、運、これらが勝利の鍵だったということになる」
「我慢、というのがこれまでと一番違うところか」
「そうなる」
「戦術的に苦手な相手との対戦が少なかったことも大きい」
「弱点はペルー戦の通りだが、特にロングボールを主体にしてくるチームが少なかった」
「スウェーデンとイタリアだけやな」
「スウェーデンは前にもあるように、イブラヒモビッチが怪我をしたことで途中で頓挫」
「イタリアは選手を守備に追い使うばかりで、勝負にこなかった」
「おかげでスペインの粗が目立たずにすんだ」
「こう見ると勝つべくして勝ったようにも見える」
「終わってみるとそんなもんやけど事実は違う」
「開幕前から周囲の状況は決して良くなかったしな」
「まずはラウール問題やな」
「外す外さないで大いにもめた」
「それもあって、ユーロ前にアラゴネスが辞めるの辞めないのでずいぶんと問題になった」
「あの頃はファンやマスコミから、ラウールの話が出ると露骨に嫌な顔をしてた」
「おまけにイエーロの問題もあった」
「彼は元レアル・マドリーで代表のディレクターのような地位に就いた」
「イエーロはマドリーの権益を代表するわけで、ラウールを招集するように影に日向に圧力をかけたことは想像に難くない」
「これも、よほどうっとおしかったはずやな」
「おまけに協会そのものとも上手くいかない」
「スペインが勝ち続けて協会が慌てて契約延長を打診したが、ユーロの始まる前に言わず今さら言うなとにべもなく断った」
「このような逆境に耐えての優勝」
「ピッチの中でも外でも、アラゴネスの忍耐が勝利した形になった」
「やはり我慢や忍耐というのが、今回の優勝のキーワードではないかということか」
「どうしてもそうなる」
「そんなこんなで」
「スペイン優勝の理由編はこの辺りで」
「また次回」
「ご機嫌よう」
「の前にや」
「なんや」
「ありがたいことにいくつか質問を頂いたから、それに答えてもらおうと思うわけや」
「わしが答えるんかいな」
「こっちが疑問を呈するをするから、それにさくさくと答えて欲しい」
「頑張るわ」
「まず今回の勝因は、どの相手も放り込みメインで崩してこようとしなかったのが大きいのではないか?」
「はい。そうです」
「ポゼッション向きの中盤とカウンター向きのトーレスというお話でしたが、結果的には攻め方の幅が自然と生まれて良かったのではないか?」
「はい。トーレスはボールを持ってシュートに行けないスペイン病の解消に役立っていました。しかし中盤の構成は決して良いものではありませんでした」
「トーレスの決勝点はラームのミスではないか?」
「シャビのスルーパスに対してラームは非常に良い反応を見せています。最初の段階ではトーレスよりも良い動きを見せて体を前に入れています。
それにも関わらず前を取られたのは、腕で体をつかまれ強引に体を入れ替えられたためです。これができたのは、トーレスのスピードとトーレスとラームの体格差が物を言っています。
ラームが体を入れるよりも、もっとボールに方向に行っていればクリアできたのではないかという疑問は残りますが、トーレスの身体能力が優ったと見る方が妥当です」
「GKはトーレスのシュートを防げたのはないか?」
「シュートの時、トーレスは軸足がボールと離れた状態でした。このような場合、強くコントロールされたシュートが来る可能性は低くなります。その意味ではレーマンは寝るべきではありませんでした。
しかしラームが体を入れトーレスの進路を妨害しそうな状況であったことを考えれば、フォワードのスピードが予想以上のものであったということもできます」
「ドイツ戦でシャビ・アロンソの投入は守備固めか?」
「そうです。より安定した試合運びのために投入されています」
「シャビ・アロンソは思ったより前に行っていたが、どのような指示を受けていたのか?」
「守備ではフリンクスに自由にボールを持たせないこと、押し込まれたらセナの横に入りスペースを与えないこと、この2点が主であったと考えられます」
「ドイツは全体に動きが悪く、後半25分過ぎから特に落ちてパワープレーにも行けないように見えた。これは疲労の影響か?」
「日程的にはドイツの方がゆるく、そうではないでしょう。ドイツの攻めの問題は単純にボールを前に運ぶ手段に乏しかっただけです」
「ポドルスキーとセルヒオ・ラモスのマッチアップで、ポドルスキーの完敗だった。これも疲労の影響か?」
「ミッドフィールダーとして動くポドルスキーは、カウンターで先手を取った時以外は、それほど良い動きをしていません。能力差で抑えられたと見るべきです」
「トーレスの得点ではディフェンスラインの押し上げがなく、スペースが生まれたのではないか?」
「あの場面で問題があるとすれば、クローゼとバラックの間に段差を作ってセナをフリーにしたことです。ドイツは中盤のラインの前にバラック、クローゼを置き、シャビとセナにスペースを与えないようにしていました。
その方針に従うならクローゼはマルチェナへのパスをケアするよりも、まずセナへのパスコースを切るべきでした。しかしこのわずかな乱れから、得点につなげたスペインの能力をさすがというべきです」
「トーレスの得点でセンターバックが追えば追いついたのではないか?」
「サイドに逃げるボールだったので、センターバックでは追いつきません」
「レーマンが勝手に飛び出しゴールを空けたのではないか?」
「飛び出した後、寝るべきではない場面でした。しかしトーレスのスピードが予想以上であり、ラームを抜き返したことも事実です」
「スペインは後半から自陣に引いた。その一つの理由は、ドイツは組み立てでミスをするからか?」
「ドイツは左さえ抑えれば他に手はないためリスクを犯す必要はなく、スペインは穴を空けないことに注力していました」
「ドイツの両サイドは死んでおり、スペースを消せば恐くなかったから引いたのではないか?」
「ドイツの右サイドは最初から死んでいます。左サイドもラームの退場により機能不全に陥りました」
「スペインの優勝は、運が非常に良い方向に作用したからではないか?」
「その通りです。ただし上述のように運をつかむための忍耐が存在したのも事実です」
「次のワールドカップに向けての課題は何か?」
「まず監督選びです」
「今大会の傾向は何か?」
「顕著なものは、守備において捨てる場所のあるチームは強くなれないということです。特にサイドバックにおいてそうです。スペインはセルヒオ・ラモス、カプデビラという2人のサイドバックが非常に優秀でした。
他の国ではこの2人より能力で劣るか片方を捨てることができました。その点が大きな違いです」
「ここ10年ばかりのスペイン代表の変化は何か?」
「2002年の代表や1998年の代表が才質において今回よりも劣っていたとは思えません。2006年に至ってはほぼ同じメンバーです。2002年、1998年と違いがあるとすればセルヒオ・ラモスとセナの存在です。
またルイス・アラゴネス自身の変化としては、やはり我慢ということです」
「スペインはウィングがいない、ウィングを捨て他チームで勝てるとは思えない、テクニックは認めるが疑念を捨てられないという評価についてはどうか?」
「確かに代表からもれたウィングはいます。へスース・ナバス、ホアキン、ディエゴ・カペル、リエーラといった選手がそうでしょう。しかしウィングがいないと勝てないというのは何も論理的根拠がありません」
「ウィングを連れて行ったらスペインは勝てたと思うか?」
「そのような選手を招集していたら別の歴史になっていたはずです。勝てたとも負けたとも言うことができません」
「どうして日本のマスメディアはチームとしてではなく、単なる選手の名前の足し算で判断してしまうのか?」
「誤謬(ごびゅう)、英語でFallacyという言葉があります。これは簡単に言えば論理的に破綻している文章が、さももっともらしく聞こえることの理由にあたります。論理的誤謬を知ることでそのようなものに騙される危険性は減ります。
サッカーの文章では、そのような誤魔化しが非常に通用しやすいという現状があります。書き手の主観を文章技術や、都合のいい通念や他人の言葉の援用でもっともらしく見せる、というのがその代表です。
例えばスペインは歴史の重みからしてドイツを恐がっている、ゲルマン魂がどうこう、最後に勝っているのはドイツだといった通念を利用した説明です。しかしそれが何の意味もないことは決勝をみればわかります。
そのようを文章に騙されないようにする方法は、以前にもあるように再現性と追試可能性を見ることです。それがない文章は嘘だと思って読むべきです」
「誤謬については、検索でWIKIの文章を読めばよくわかるということで」
「今回はこの辺で」
「後ほどユーロのベストメンバーやまとめを出せればいいというところで」
「また次回」
「ごきげんよう」