正対とリスク(イニエスタ)
以下は以前に見たプレーである。
これに対し、以下のプレーがある。
ボールの動きを見てわかるように、相手にひっかけられている。
次も同様である。
正対からパスを出し、ひっかけられている。
次もまた同様である。
正対から切り返し、パスをひっかけられている。
まとめると以下のようである。
このゾーンでボールを失えば、カウンターが怖い。
このため上のようなプレーをした選手には、「ゾーンによってリスクを考えてプレーしろ」「簡単にプレーしろ」といった指示が飛ぶことが多い。
しかしイニエスタは、このゾーンでも正対からプレーする。
上の2つはこれまでに見たものである。
センターライン付近で正対を行っている。
そして次の選手は余裕のある状況で受けている。
これらのプレーは以下の2点を示している。
まずリスクがあるかないか、危険かどうかは、その選手の持つ技術レベルによることを示していることである。
イニエスタはこのゾーンで正対することを危険とは思っていない。
むしろそうすることが当然であるように正対を行なっている。
正対からプレーすることに慣れた選手はそうすることが自然であり、そうプレーすることが最も簡単である。
それを周囲が見て危険だ、あんなプレーは危ないと思う。
それは2つの理由があると考えられる。
1つ目は自分の技術レベルが低いため正対が危険に見える。
2つ目は正対からプレー打開する選手を見たことがないため、それが良くない行動に見える。
どちらにせよ、正対を理解していないことからくる勘違いに他ならない。
次にチームとして正対を禁止していないことを示していることである。
「その位置でボールを失うと危ないからリスクを考えろ、正対をやめろ」という指示を出すことは容易である。
しかし、スペイン代表ではそのような指示は出されていないと考えられる。
このプレーが行われたのは決勝であり、イニエスタは平気で正対している。
ここで「リスクを考えろ」「簡単にプレーしろ」と言われていた場合、おそらく次のプレーの選択肢はバックパスになるはずである。
それではこのようなプレーは生まれないし、このようなプレーをする選手は生まれない。
リスクを考えることは確かに重要である。
イニエスタにも失敗はある。
しかし、リスクの反面で得られる利得を考えることも重要である
イニエスタが守備を引きつけているため、受け手に余裕ができる利がある。
周囲に集められた守備者は、次のプレーに対するポジションを取るのに時間がかかる。
これも攻撃にとって利である。
スペイン代表は得られる利と危険を秤にかけて利を選んでいる。
世の中にそのような考えが存在し、またそれによりユーロを制したチームがあることを明快に記憶することは重要である。
「カウンターで失点するかもしれない」という考えの一方で「ボールを失ったからといって必ず失点するわけではない」という考え方も存在する。
そこから「ボールを失う可能性もあるが、味方が余裕を得ることで得点につながる可能性を高めることができる」という考え方に進めることもできる。
リスクがあるから、危険だから、あれをするなこれをするなという以外の道がある。
そして危険だという判断自体が、本人の思い込みや知識の無さからでている可能性がある。
この点を把握することは育成において極めて重要である。
例えば「イニエスタは上手いからそれを禁止する必要がないだけだ、下手な子供に同じ事をさせるわけにはいかない」という考え方が順序を取り違えたものであることは明白である。
禁止されていないから正対を行うことができ、そこからのプレーを磨くことができる。
もし最初からそれを試すことができないなら、どこに上達の道があるのであろうか。
イニエスタも、最初から今ほど上手かったわけではないと考えられる。
過程で失敗を重ねながら、決勝で守備者3人を相手にして平然としていられる選手ができあがったと考えられる。
そして今でも全てが成功するわけではない。
それでも正対をやめないことを見るべきである。
「ワンタッチ、ツータッチでどんどん回せ」
「ゾーンでリスクをコントロールしろ」
「簡単にプレーしろ」
これらの言葉はよく耳にするものである。
耳障りもよく、まるで何か良いことを言っているように錯覚しやすい。
しかしこれらが必ずしも真実でないことを、イニエスタのプレーは示している。
真実でないのみならず、育成の過程においてこれらの言葉が選手の未来を閉ざす可能性すらある。
この点は特に指導者においてきちんと把握されるべきである。
次回はイニエスタのプレーが個人の技として示すものを見る。
【蹴球計画】より ※この内容は蹴球計画のミラーサイトとして作成しています。詳細についてはこちら。